軍艦アパート未発表作7
「7、8号棟間の通路」
この隙間は、本来あるていどの広さがあったのが、両側からの建て増しで人ひとりが通り抜けるのがやっとの通路になってしまっていた。この奥には袋状の空間があり、お気に入りの撮影ポイントのひとつだった。
じつは、お気に入りというよりもとくに撮影に難儀した場所だった。その空間に面してある家族の居間の窓があるため、そこに佇んでいるとまるでノゾキみたいにみえる。しかもカメラまで手にしているのだ。
しかたなしに、息を殺してそっとカメラを三脚に据え撮影を始めるのだが、そんなときにかぎって、いつもそれは始まる。幼い姉弟のささいなけんかにはじまり、それを罵倒する母親、やがてそれはなぜか母親と祖母のけんかに発展する。その怒号は、表通りにまで響いているのだが、そんなことはいっこうにお構いなしだ。
たまらないのは窓の外の私である。あるときなどは、さすがに止めに入ろうかと思ったくらいであった。やがてそのお騒がせ家族も引っ越してしまったが、窓からもれる灯りや喧噪も途絶えると、とたんにその魅力ある空間も色褪せてしまった。
私の記憶の中には今も、餅を食べられてしまい泣く弟への、おもしろくもかなしい母親の罵声が響く。
「こらあー、おまえもなー、餅食うたことない子みたいに泣くなー!!」
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コメント
すごい迫力。
生活という名前の力なのでしょうか。
ぐいぐいと増築された危険なほどのパワーを感じます。生きるための、無秩序とでも言う様な、渾沌としたエネルギーに圧倒されます。
…夜の様に見えないのが没の理由?
(違ったらごめんなさい)
投稿: TOOLKIT | 2007年10月27日 (土) 01時24分
おそレスごめんなさい。
ここは、もっと引きでも撮っていますから、そっちを使いました。以前はこんな縦位置の構図ばかりで撮っていたものです。
投稿: なかひがし | 2007年11月14日 (水) 23時42分