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2006年3月22日 (水)

大阪市浪速区下寺(5)

高校生時代は、美術部と写真部に所属していた。
写真部は暗室を借りるだけの名目だったが、美術部ではなぜだか部長までやらされていた。
おもに油彩画を描いていたが、写実的に描こうとすると、技術的に難しく、時間もかかった。
それ以来、絵筆を取ることもほとんどなくなってしまったが、最近、パソコンのマウスを握っていて妙な既視感にとらわれることがある。
液晶画面には、等倍表示された下寺住宅の画像のデティールが浮かんでいる。何枚ものレイヤーを重ねたその画像に、丹念にレタッチしてゆくと、その感覚は、絵筆のそれと変わらない。
完成した画像をみると、また筆を入れたくなる。やってもやってもきりがないから手離れの悪さは最悪だが、そのデータを相性のいいプリンターで出すと、やっとかたち(作品)になった気がしてほっとする。


もう内部には立ち入り禁止になってしまった下寺住宅。もともと廃墟みたいな建物だったが、ほんとうに廃墟になってしまった。
この写真を撮った頃は、まだ荒らされていなかったが、最後の数週間は、75年間の澱がどっと噴出して、それはすごい空間だった。
こんなところを写真に撮らないで、何を撮る。
のこされた猫が一匹、昨夜もおなじ場所で餌の差し入れを待っていた。
060322_1

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2006年3月11日 (土)

大阪市浪速区日本橋(2)

旅というのは、まず高速で移動することによって生じる高揚感がある。
そして、すくなくとも日本国内ではどこも代わり映えしないはずの空港や駅前の光景さえも異化されてみえるという効果があり、それが写真家を旅に向かわせる要因ともなる。
どこかへ旅しないと写真が撮れないという人が結構いる。これでは、いくらお金があっても足らないから、わたしには許されない。
貧乏写真家は、ときにアルコールの力で視覚の異化を得ながら、大阪市内を旅する。終電があるので走らねばならないが。

下寺住宅に向かう途中で出会う、ガンダム屋の巨大看板を、無理なアオリでフレーミングしてみた。
実は露出は失敗、一絞り半は足らなかったのでスキャニングは苦労した。
しかし、そのおかげで白いガンダムが夜の街に浮かびあがった。
060309

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2006年3月 2日 (木)

箕面市粟生間谷

夜の旧街道をバイクで走る。
撮影地に向かう為とはいえ、これはめったにしないことだ。タンデムシートにくくりつけた機材が気になってしかたない。
基本的には夜の散歩写真なので、バイクのペースはそれにそぐわない。きょろきょろしながら運転すると、事故をおこしてしまう。
自転車が理想的なのかもしれないが、試したことはない。

やがて目的地へと到着。郊外とはいえ、広大な開発地内には誰一人確認できない。
行き交う車も途切れると、完全に静寂が支配する空間になる。
目が慣れてくると足下の不安感は除かれるものの、得体の知れない恐怖感は拭えない。
荒れた地面にオブジェめいた橋脚がたちならび、やや遠くのナトリウムランプが薄く照らしている。
超広角レンズをセットして、まっすぐに、祈るように、シャッターをあける。
360秒間の露光を終えると、野犬の咆哮が静寂を切り裂いた。
060302

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