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2006年2月20日 (月)

大阪市東淀川区西淡路

わたしはバイクの免許しかもっていないので、移動はおもに電車かバスだ。
乗り物から眺めるいつもの光景は、代わり映えしないものだが、冬の曇空から一瞬差しこむ斜光線は、上質のモノクロプリントを見ているようでうつくしい。
たまにカメラを取り出して車窓から外を覗いてみる。
そのムービーめいた見え具合そのものが心地よい体験である。それを一枚の写真に定着させることは、すくなくともわたしにはできない。

それは、電車が新大阪駅に停車する直前だった。
線路沿いに、なにかオモチャの家みたいなものが視線に飛び込んできたのだが、降りてたしかめることはできなかった。
後日、その場所を訪れた。そのハウスは9割がた完成しており、その材料から発する甘い香りがわたしを出迎えた。
夜間なので、家人は稼業に勤しんでいるようで留守宅だったが、隣の住人に声をかけておいた。
時間がなかったので数カット撮影したのみで引き上げた。
しばらくして再撮影に訪れると、そのハウスはもちろん、まわりのホームレスハウスも撤去されてしまっていた。

しかし、そのハウスには思いもよらない場所で再会することができた。
国立民族学博物館の特別展「きのうよりワクワクしてきた」の会場だった。
これは、ほんとにワクワクする体験だった。
060221

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2006年2月15日 (水)

堺市七道東町(2)

昨年、某パーティーの冒頭で挨拶をさせられたことがあった。
写真関係のお偉いさんの前でしゃべるのは、勇気が要ったが、思うところを述べた。
それは要約すると、「デジタル技術によって本物と見分けがつかないくらい高度な合成写真も安易にできるようになった。しかし、それは危険なことである。写真の、写真家の使命はやはり真実を伝えることである」
そのあとでサンドイッチをつまみながらビールを飲んでいると、細江英公さんがわたしの前に来られた。「そういう手段(画像合成など)を経てうまれる作品としての写真も良し。可能性というものを否定してはならない」というようなことを仰ったと記憶している。
思えば、写真はこれまで、社会問題の告発など、おおきな役割を果たしてきたが、必ずしも真実を伝えてきたわけではなかった。写真の記録性は、時には為政者に利用されて意図的に真実を曲げてきた。写真がもはやその本来の使命を他のメディアにゆだねたとするならば、これからの写真の役割とはなんだろうか。

大和川の踏切の夕景を、ホルガで撮るとこうなる。
060215

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2006年2月11日 (土)

生野区鶴橋

今月号の日本カメラ誌をみてびっくりした。
例のあの場所の写真が、月例コンテストに掲載されていたから。
それは誰かが昼間撮ったへたくそな写真だったけど、どきっとした。
なるほど、写真を撮る人は反応する場所なのだなと思った。
それでまあ、別の方向で封印が解けた気がしたので、ブログに公開しようと思う。

みる人がみればわかると思いますので、
ノーコメント。
060211

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2006年2月 7日 (火)

大阪市北区梅田(2)

その昔、貧乏人の家にはカメラなんてなかった。
そういえば、うちにもなかった。それでもアルバムはあったから、何かの折には写真館に行ったり、近所のカメラを持つ人に頼んでいたのだろう。
ゆえに一コマのフィルム、一枚のプリントが大切にされていた時代だったと思う。
それから時代がだいぶ下っても、ハーフサイズカメラの最初のコマは正月にはじまり、お花見、海水浴、運動会と一年の家族行事を大切に収め、最後のコマに次の年の正月が写っていた。
そんな笑い話みたいなものだった。
いまでもひょっこりそんな時代の写真が出てきては、その当時の記憶がおしよせてくる。

梅田のホームレスの飼い猫。
家人は空き缶集めに出掛けたので、おとなしく留守番だ。もうゴハンはもらったので、眠たくてしかたない。
実はとても暗い場所なので、10秒くらいはじっとしていてもらわなければ困る。
ピントも目測だ。しかたないので、猫たちに呼びかけた。
「じっとしててねー」「ニャー」
060207

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2006年2月 1日 (水)

浪速区下寺(4)

わたしは、撮る本数がほんとに少なかった。
以前、コンテスト雑誌のインタビューで「撮影本数は?」と聞かれて、「ええっと、週にブローニー1本か2本」と答えて編集者をあきれさせたことがある。
写真家を名乗っておきながら、ほとんどカメラ散歩じじいのフィルム消費量であった。
デジタル機材に改変後は、ある撮影技法をとりいれたため、劇的にシャッターを切るようになった。
しかし、その歩留まりはフィルム時代より悪くなっているような気がする。

大阪市営下寺住宅は、今月をもってすべての世帯が転居する。
三月には解体が始まるだろう。
このところ、暇さえあれば撮影に訪れているが、日に日に灯が消えていく。
昼間は相当の数のカメラマンが訪れているようだ。
わたしは夜専門なので、「夜来るのはあんただけだよ」と住民をあきれさせている。
060201

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