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2005年12月30日 (金)

中央区道頓堀

テレビや映画でみる特撮作品の中には、昼とも夜ともつかない不思議な世界観をみせるものがあり、それに強く惹かれていた。
そんななかで、とくに印象深いのは、ウルトラQにでてくる、ケムール人が夜の遊園地を走るシーンだ。これはすごいシュールな世界だ。
映画なら、やっぱりブレードランナーにつきる。近未来のロサンゼルスで、地球に戻ったレプリカントたち(過酷労働などのための人造人間)と、刑事との戦いを描く。レプリカントは4年の寿命。人間以上に人間的な情動をみせる彼らの、考えるとせつない物語だ。

リドリースコット監督が日本を舞台にして撮った映画ブラックレイン。そのプロットはブレードランナーである。そのロケ地のひとつがこのキリンタワービルだ。
放置自転車をかきわけ、戎橋交番の横に三脚をたてる。あとは酔っぱらいを払って撮影に集中したいのだが、なかなかうまく撮れない。
なぜならこっちも酔っぱらいだから。
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2005年12月22日 (木)

寝屋川市寝屋

クリスマスといえば、子供の頃クリスマスツリーが大好きだった。
それが一年に一回しか飾れないのが残念で、年に何回も取り出して眺めていた記憶がある。
今思えば、とても小さなクリスマスツリーだったが、狭い部屋にはとても立派な物に見えた。
飾り付けの最後に、雪に見立てた綿をのせると、百科事典でみたヨーロッパの風景に想いを馳せた。

学研都市線星田駅から旧街道を北上すると、第二京阪道建設工事が進んでいる。
その橋脚のひとつに、去年から大きなクリスマスツリーの電飾がされるようになった。
税金の使い道としては、粋なことだと思う。ことしはまだ見に行っていないが、たのしみだ。
でもところで道路はいつ完成するの?
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2005年12月19日 (月)

北区扇町

夜、写真を撮る。
夜盗の如く。

夜、写真を撮る。
異邦人の如く。

夜、写真を撮る。
修行者の如く。

夜、写真を撮る。
小さきものを。

夜、写真を撮る。
あるがままを。

夜、写真を撮る。
この街を。

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2005年12月16日 (金)

浪速区下寺2

わたしは団地やマンションの殺風景なコンクリートの住環境をみると、寒々しく思う。
それは、団地住まいをしたことがないせいだろう。
最近のマンションなどは、エントランスがやたらと綺麗で豪華だったりするが、それがよけいに違和感を感じてしまう。そしてもし、それが手抜き工事物件だったと判明したら、住む人の気持ちはどんなものだろうか。
しかし、好きな団地もある。

通称「軍艦アパート」。現存するのはこの下寺住宅群のみ。昭和6年というから、築65年になろうとする鉄筋コンクリート造りの集合住宅。この春には解体がはじまるだろう。
戦災や数々の人間模様が染み付いたこの物件は、わたしに言わせると、重要文化財クラス、いや世界遺産の建物である。大阪市もしょうもないことに金を使うぐらいなら、この昭和の遺産こそ保存すべきである。
できるだけ、写真に残そうと思う。
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2005年12月12日 (月)

大正区船町2

何十年か前の大正区の様子をテレビで観たことがあるが、映画「泥の河」のような情景だった。
いまでもそんな場所があるのかと思い、大阪ドームの横を流れる尻無川に沿って歩いたことがある。
ライカを片手に延々歩いたが、いいかげん疲れてきたところで渡船を発見して向こう岸の港区に渡り、帰ってきてしまった。もちろん、泥の河も船上生活者もいなかった。

いま、よく訪れる大正区は、大正通を南下した突き当たり、製鉄所の街だ。製鉄所を抜けると住之江区に渡る巨大な新木津川大橋がある。人が歩くにはとてもつらい橋で、大型車が通行するたびにガタガタ揺れる。
気まぐれでHOLGAで撮ってみると、その百倍の値段のカメラよりよく、その場の雰囲気を描写しているのにおどろいた。
なるほど、こだわりや思い込みは捨てることだな。
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2005年12月 8日 (木)

北区梅田

二十代のころ、朝日放送で大道具のアルバイトをしていたことがある。「部長刑事」というドラマのセットに色を塗る画工の手伝いだった。
バイト帰りは福島から梅田までよく歩いて帰ったが、JR環状線の高架下は、終戦後の荒れた雰囲気が残る場所だった。環状線沿線にはそんなところがたくさん残っていたと思う。そのころは、そんな場所を写真に撮ろうとは思わなかった。

近年、高層ビルやホテルが立ち並び、まったく変わってしまった西梅田地区だけど、阪神高速の高架下で、悠々とテレビを観ながら過ごしているホームレスに出会った。
まるで映画「マックスヘッドルーム」のワンシーンのようだ。
思いきって声をかけると、とても温厚な人物だった。その後何度か撮影させてもらったが、現在は追い出されてどこへいったか知らない。
飼っていた三匹の猫はどうしているだろうか。
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2005年12月 6日 (火)

天王寺区茶臼山2

将来、写真がすべてデジタル化されても、その本質は変わらないと思う。ただし、人間の視神経に直接デジタルデータを送り込むような、技術的なブレークスルーがないかぎり。
現状、デジタル画像は、質量化の過程を経なければ、つまり紙にプリント等されないと、銀塩でいう「潜像」でしかないという憂鬱がある。しかし、写真はもともとメランコリックな存在だったし、それが魅力ですらあると思う。
また、銀塩と違って、その場で画面が確認できるデジタルカメラのいやらしさは、ビジネスライクな効用はいうまでもないが、クリエイティブな場面においては、ある種の直感や潔さをスポイルする弊害(考えようによっては効用)がある。

寒空に露天で寝る豪快な人。わたしだったら少なくとも雨のあたらないところに布団を敷くだろう。
例のレンズゴーストで浮かび上がらせてみた。
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2005年12月 2日 (金)

天王寺区茶臼山

わたしの場合、デジタル機材の導入は1997年頃だった。
その頃登場した写真画質のインクジェットプリンターに将来性を感じて、35mmフィルムスキャナー、Windowsパソコン、MOなどを揃えた。
すべて手探りの状態で操作を覚え、写真のプリントを始めたが、「ふ〜ん、デジタルね」と鼻で笑われた。作品発表の場もなかったが、エプソンカラーイメージングコンテストの存在を知り、応募した。
その表彰イベントは華やかなものだったが、その後ここまでデジタルが隆盛するとは予想しなかった。

天王寺動物園にかかる陸橋の上に住むジプシー。本物のジプシーと違って家族はいない。
クロネコ号とわたしが勝手に命名したその小屋は、道路の清掃日には車輪をつけて移動する。
本物のジプシーカーと違ってロバはいない。
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